ディリー・スケジュール

 この夏は雨気味だ。なんだか毎日降っているような気がする。人間の身体はちゃんと運動しないと「痛み」を生じる。それを長く続けていると、新しい形で固まってしまう。まあ、私などは、少々の障害があっても、もともと身体に影響が出ているので、目立たないのだが。

 歌の話をする。「歌を歌う」というと、みなさんはどんな歌を想像なさるのだろうか。私の場合は「流行歌」みたいなもので、みなさんがなんとなく連想されるような歌だ。説明になっていないな。まず「童謡」や「唱歌」のたぐいだ。これは詳しく説明しなくてもわかるよね。それから中学校などで教える「歌曲」のたぐいで、これも実物を2つ3つ示すと範囲について納得がとれると思う。それから大人用の「歌謡曲」のたぐいで、これには私の好き嫌いが反映する。まあ、あたりまえだわね。それから若者用の歌曲で、いわゆる「70年代」なんとかのたぐいだ.そのあたりまでが私の浸潤範囲かな。

 8時までに朝食を終り、瞑想に入る。現在はチベットの「阿弥陀仏瞑想法」と曹洞宗の「修証義」を続けてやっている。終わるのが9時半ごろかな.その後、朝の歌曲の番になって、これもまったりやっているので、終わると11時をすぎる。現在は「日本のうた」という題名の本10巻のうち、1巻から4巻をやっている。この本がいいのは「時代順」になっていて、明治初年から昭和50年くらいの歌が順番に乗っている。

 すこし休憩して、お昼の瞑想にはいる。シンガポールのリンポチェが呼びかけられたもので、

  いかなる病の有情でも
  ただちに病がいえるよう
  すべての衆生が残らずに
  病にかからずおれるよう

 という経文を、日本語あるいはチベット語で延々と繰り返す。テレビの画面にシンガポールのドルズィン・リンポチェのお顔をお呼びしておこなう。「正午から20分間」という指定があるので、その時間をはずさないようにしている。暇人ではあるが、毎日となると厳しいかも。

 この後がちゃんと決まらない。毎日、なんとなく時間をすごして夜になる。もうちょっと建設的な時間の使い方を見つけたいものだ。

豚肉のピカタ

 今日の夕食のメニューは、

 1.豚肉を焼いて卵で固めたピカタ。
 2.オクラのマヨネーズ・サラダ
 3.キュウリを煮て冷やしたもの
 4.ナスビの味噌汁

だ。おいしくいただいて1日がほぼ終わった。

 その前は何をしていたかというと、朝は起きて朝食をいただいた。紅茶と、果物のミックスジュースと、ヨーグルトと、食パンと、後一品果物がつくが、今朝は桃だったように思う。それから瞑想をする。現在は『阿弥陀仏』の礼拝をしている。1時間半程かかる。それで午前10時前になる。普通だと歌の練習にとりかかるが、今日は11時半から『阿弥陀仏』関連の瞑想がシンガポールの集会でおこなわれたので、そちらへ出なければならなかった。それが終わったのが午後1時半ごろで、その後「ちょっと横になって」と思っていたら、本気で寝込んでしまった。目が覚めたのが午後5時で、妻の勧めもあって散歩に出た。帰ってきたら夕食で、一日の主たる仕事はこれで終わった。

 朝食後最初に伝統的な瞑想をするのは、むかしからの習慣だ。一月ほど前に「観世音菩薩」から「阿弥陀如来」に主尊が変った。また縁があれば変るかもしれない.その後の歌のことは、今日はできなかったので、明日にでも書く。日曜日のお昼に正規の礼拝があるのは、いまの季節らしいことかもしれない。最近(去年くらい)になってビデオ中継されるようになった。時差の関係でシンガポールがいちばん出やすい。日本より1時間「早い」。早いというのは、日本が正午なら向こうは午前11時ということだ。ともあれ、日曜日の特別行事で瞑想の中継があって、自由に参加してよい。

一歩進む

 6日の土曜日は「山の家」の「ミニ開所式」だった。「まずは瞑想だよね」ということになって、『観音菩薩成就法』をお唱えした。この成就法は、実はひとつ前のバージョンで、国際社会では新しいバージョンが出版されて実用化しつつある。1月ほど前に新版を手に入れて翻訳に取りかかったが、残念なことにまだできていない。まあいいやというので、古いバージョンをそのまま使うことにした。翻訳を急がなければ。

 約40分ほどのお勤めのあと、話し合いの会をもった。「今のテーマはこれ」と提示があって、それについて話し合いをして、決めるべきことを決めていく。このやりかたは、深いテーマをしっかりと決めるためには、とても向いている。

 2時間ほど話し合って、5時ごろにすべてが終わった。それで、一同はJR線の石山駅へ出た。歩いても行けるけれど、車だと10分ほどかな。さいわい車1台に参加者全員が乗れて無事に駅前に着いた。途中の道は、いちおう町の中なんだけれど、ほとんど車通りはない。車は車庫を探しに行き、残りのメンバーはバリ島料理店へ行った。仲間内ではこの店で食事をすることが多い。

 今回が初めての集会だ。メンバーも、なにしろ初めての集会なので、選りすぐった。次回はたぶん初めての「公式行事」だ。

新しい研修所

 今日は朝から「山の家」に行ってきた。実際に山の上にある。もっともたくさんの住宅が増築された中にわれらの「山の家」はあるので、名前を覚えても家を探し出すのは難しい。

 もともとの家主さんはこの家を「貸し出し用」に作ったみたいだ。個人の住宅としてではなくて、炊事をする集団の集会施設として考えていたみたいだし、そのような目的で用いられた時期もあったとか。結局、その目的での使用が困難になって、売り飛ばすことにしたみたいだ。

 家は、1階が12帖と10帖の居間と6帖のキッチンと風呂場など、2階が7.5帖と6.5帖の居間とかなり広い納戸とでできている。「居住空間」は存在していないんじゃないかな。すくなくとも、泊りがけ用の部屋はないように思う。かといって泊れないわけでもないのだが、毎日ではつらいだろう。

 向こう3軒両隣があって、3軒にはご挨拶に行って来た。あと3軒残っているが、これは後日。

 いまのところまだ「ワクワク」しない。周囲の家の人々がご老人で、若い人に世話になっている人たちみたいだ。だから話がそれほどはずんだわけではない。今週の土曜日にごく内輪の「開所式」をするが、その後だんだんと会員との関係も隣近所の人々との関係も変っていくんじゃないかな。

むかしの歌

 世の中の予定に組み込まれないで暮らしている。こちらが断ったわけでもないし、むこうが嫌がっているわけでもない。ただ人間関係がほとんどないままに毎日が過ぎていって、そうして日常ができている。

 それでも仕事を作った方がいいので、毎日かかさず古い時代の日本の子供の歌を中心に、イタリア・ドイツ・イギリスなどの歌を混ぜて歌っている。初めのうちは「こんなの続くのかな」と思っていたが、だんだん調子に乗って、かかさず歌うようになってきた。現在は日本の歌32曲、イタリアの歌3曲、ドイツの歌2曲、イギリスの歌3曲がレパートリーだ。歌っているうちに、どれもそれなりに歌らしくなってきている。

 歌の数はだんだん増えてきて、いまがそろそろ限界みたいだ。だいたい午前中に練習しているが、1時間半ほどかかっている。日本の歌をもうすこしふやしたい。いまは『日本叙情歌全集』2巻という、明治から昭和にかけての名曲集から選んでいるが、ちがう曲集が手に入ると面白いかなと思っている。

まだ戦争中

 ウィルス感染症とはまだ戦争中なんだが、迷うのは、真っ盛りにいるのか、それともピークは過ぎたあたりかにいるのかだ。さまざまの作戦家の予測を見ていると、最盛期は過ぎたようだが、そうはいうもののもう一度悪化しないとも言えない。もうしばらく注意状態で暮らすしかない。

 日課はほぼ決まっている。朝は6時ごろ起きる。7時半に朝食があるが、それまでにインターネットの整理をする。8時から、日によってはインターネットのニュースサイトを見るし、日によっては(ニュースサイトが面白くない日とか、存在しない日だが)仏教のお勤めをする。仏教といってもチベット仏教で、いま現在は『観音菩薩成就法』をやっている。ニュースサイトを見る日も、そのあとでチベット仏教のお勤めはする。1時間くらいかかるので、終わるのが9時あるいは10時になる。その次は『歌曲集』を歌っている。これは昭和前半期を中心とする文部省歌謡を中心に私がまとめた歌だ。これも1時間ほどかかる。それでお昼前になることが多い。12時から約30分間、チベット仏教の経典を4行、繰り返しお唱えしている。これはシンガポールのドルズィン・リンポチェの指導でおこなう。もっとも、リンポチェは録画で、だから毎日働いておられるわけではない。それから昼食をいただいて、午後は昼寝することが多い。1時間ほど眠ってから、ニュース番組を見たり特集番組を見たりして、いつの間にか夕方になる。夕食も自宅でいただくことが多い。つまり1日の3食をすべて自宅の食事で補っている。夕食を食べると宵寝することが多い。こうして8時半ごろに1日が終わる。だいたいこんな一日だ。

 同じような日課を退屈しないで続けているが、いつまでもこうしているんだろうかね。なにはともあれ『業(ごう)』といういものを習い覚えている。特に瞑想は、毎日ほぼ同じ状態に達する。それはマントラ(呪文)を繰り返し唱えるからだ。いまは om mani padme phun という呪文を800回お唱えするが、これだけの数をお唱えすると、とくに後半は同じイメージに導かれる。「イメージに導かれる」といっても、その中に解決像が書かれているわけではないのだが、とにかく同じイメージを体験する。私は変らずに帰ってくる。毎日同じようなイメージへ行って同じような感想を持って帰ってくる。「同じような感想」ったって、解決イメージが描かれているわけではない。ともあれ毎日同じような印象をもらうわけだ。その中に解決があるのか、あるいはないのか、私にはわからないが、ふらふらと考えているよりはよほどいいことを思いついているのではあるまいかと思っている。かと言って一発解決策には一向にたどりつかない。ま、現在はそんな状態だ。

かなり忙しい

 朝起きてから9時まではあまりなにもしていない。9時以後は、日によって違うが、忙しい日はすぐに『阿弥陀仏成就法』の前半部をする。口頭でお唱えして1時間たらずかな。あるいは、10時までインターネット放送を見て、それから同じお唱えをすることもある。いずれにせよ『阿弥陀仏成就法』前半部だけではちょっと短めなので、『三十七の菩薩行』を付け加えることが多い。これは観音菩薩を讃えた37連の四行詩だ。

 それから『むかしの音楽』の演奏をする。アルバムは完全に決まっていて、それを毎日繰り返す。ただし、日が経つと少しずつ変化することもある。つまり、ある歌を加えたり、ある歌を省略したりする。全体で50分程度かな。文部省唱歌だのその時代の音楽が多い。

 これで昼になる。昼は12時から12時20分まで、奈良の東大寺の呼びかけで、「宗教らしいもの」をする。あれこれ変遷があって、『薬師如来』のマントラをやっていたが、いまは

  いかなる病の有情でも
  ただちに病がいえるよう
  すべての衆生が残らずに
  病にかからずおれるよう

という詩が某方面から勧められたので、『薬師如来』に代ってそれを採用した。インドの有名な詩集に載っているんだそうだ。

 それから昼食を食べて、『阿弥陀仏成就法』の後半部にとりかかる。これも後半部だけだと短めなので、『法身普賢誓願』を付け加えることが多い。やはり短い詩の集積だ。さらにこの後に、『修証義』を付け加えることもある。これはチベット仏教ではなくて日本曹洞宗の経典だが、まとまりがよいので愛用している。これでだいたい午後3時になる。朝6時半ごろに起きて、そこから午後3時まで、まあ働きづめみたいなものだ。でもねえ、他にすることもないしねえ。この後は、まだ未確定の部分があるが、『修証義』の和訳を作ろうかなと思っている。これは読経したりするのではなくて、紙に書いていくので、時間はよくわからない。

 そんなこんなで午後8時半ごろまでなんとなく時間をすごして、それから寝る。一見勤勉だが、そうでもない。そばで「行動研究」をすると、遊んでいる時間が結構あることがわかるだろう。