お唱え変更

 私は毎日12時に『薬師如来』のマントラを唱えてきた。ところが妻が、「明日から方針を変える」と言い出した。アメリカにおられるガルチェン・リンポチェが「以下のような経文を毎日お唱えするように」とおっしゃったんだそうだ。一切衆生に利益があるだろうということだ。妻の指示で大急ぎで翻訳した。

  いかなる病の有情でも
  ただちに病が癒えるよう
  すべての衆生が残らずに
  病にかからずおれるよう

この4行を繰り返し繰り返しお唱えする。わが家のお唱えは20分間なので、これも20分でいいだろう。出所は『入菩薩行論』第10章「廻向」の章の一部だ。どうかご利益がありますように。

このごろのできごと

 インターネットまわりでたくさんの仕事があって忙しい。

 ひとつは、チベット仏教シンガポールのセンターで師が法話を始められた。5日のお昼頃、第1回目(だと思う)があった。ドルズィン・リンポチェの法話と実践修業がある。お話の方は話題を完全につかんでいないのでわからない部分もあったが、実践修業の方は『ターラー菩薩成就法』をして世界の平穏をお祈りする。ありがたや、これはなんとしても参加しなければ。その1週間後の12日にもあったので、これも参加した。『ターラー菩薩成就法』の経文を使って、みんなでお唱えをする。日本時間だと午前11時半から法話が始まる。約2時間ほどかな。

 これとは別に、シンガポールのセンターは、月に2回『阿弥陀仏』の法要もはじめた。これも、7日の夜に初回の法会があったので、参加してきた。次は22日の夜にあるはずだ。これは『阿弥陀仏成就法』の経文を使って、みんなでお唱えをする。7日だの22日だのは満月や新月の日で、神聖な行事をするのに適している。しかし、平日なので、昼間には行事ができない。日本時間だと午後9時に法要が始まる。私は就寝時間を過ぎているのだが、無理して参加させていただくことにした。1時間半あまりかかるが、さいわい眠くならないで終わった。

 もうひとつは、チベット仏教とは関係が薄い。奈良の東大寺の和尚様が日本の仏教あるいは非仏教の修行者にたいして呼びかけておられる。東大寺は、毎日正午から法会をなさるそうだ。その時間に合わせて、各々の宗派の方法で法会をしないかという提案をなさった。別にどこかに集まる必要もないので、自宅でお勤めすればいいんだそうだ。私のところではチベットの『薬師如来』のマントラをお唱えすることにした。これはインターネットにはつながないで、内輪だけでやっているが、みなさまもご都合によっては参加していただいてもかまわないと思う。同じマントラをお使いになるならメールをください。

新事務所(2)

 新事務所の手続きはうまくいき、司法書士などが動いてくださって、昨日くらいで法的なやりとりはすべて終わったのではないかと思っている。もっとも実際に使えるようになるのは6月前半になるのではないかな。追加工事を注文したので、まだ工事が終わっていない部分がある。それが終わると、無事出発できることになるのだろう。そのころにはコロナ・ウィルス禍が治まっているといいね。

 今日はわが家のインターネット接続のやりなおしをしていた。ちょっと不細工なつなぎ方をしていたので手数料がいくらかかかっていたのだが、妻が「間道」を見つけてくれて、手数料なしでつながるようになった。なかなか快適なように思う。新事務所にもインターネット接続がいるのだろうかね。

新事務所

 いきなり新しい事務所が決まった。といっても、アドラー心理学関係ではなくて、チベット仏教関係だ。チベット仏教の事務所なんてそう簡単には手に入らないだろうと思っていたら、とんでもない抜け道があった。なにはともあれ不動産が手に入ったと思う。「と思う」と書いているのは、まだ最終的に確定していないからだ。数日うちに最終確定するだろう。どうぞうまく行きますように。

 ええと、今回の事務所は「借り間」ではなくて「買い取り」だ。だから、経営不純になると「倒産」する。そうならないようにあらゆる努力をする気でいるが、まだもうひとつ「見えきっていない」ところがある。ま、こんなことを言いながら、あれこれやっていくうちに、なんとかなるものならなんとかなるだろう。なにはともあれ2千万円ほどを支払うことになる。ただし、私が支払うのではなく、他の会員(信者というべきか。複数)が支払ってくださる。私はただ「代表権」をもっているだけの存在で、実際の権力や権威は、なにもない。まあ、それはそれでしかたがない。しかし、形式上は私が「代表者」をさせていただかないと、組織としてまとまりにくいようなので、はずかしながらお世話をさせていただく。

 場所は滋賀県大津市内だ。ただし「湖ぞい」ではない。そうね、わが家から歩いて30分ほどかかるかな。大損する心配もないように思うが、もうかる心配もない。「食うや食わず」の状態で、大火にもならず焼け死にもせず、細々と続けていけるんじゃないかな。

 『野田俊作の補正項』2014年3月13日の記事を引用する。

 掟をともにしているのが部族だ。血縁がつながっていても掟が違えば違う部族だし、血縁がつながっていなくても掟が同じなら同じ部族だ。ユダヤ人のことを考えるとわかる。旧約聖書に書かれた掟(律法)を守っておればユダヤ人だし、守っていなければユダヤ人ではない。血縁がつながっているかどうかとか、どういう言語を話すかとか、肌がどんな色かとかは、関係がない。だから、私だってユダヤ教に改宗すればユダヤ人になれる。

 考えてみると、日本人も基本的には同じことだ。だから、何が日本の掟かをしっかり認識することが、この話には決定的に重要になる。『日本書紀』に、「豊葦原千五百秋之瑞穂国(とよあしはらちいほあきのみずほのくに)は、私の子孫が王であるべき土地です。あなた皇孫(すめみま)よ、行って治めなさい。さあ、お行きなさい。私の子孫が栄えることは、悠久の天地と同じように窮まりがないでしょう」と書いてあって、これが掟の第一条だ。すべてはここから始まる。

 こんなことを言うと、「そんなもの神話にすぎない」と言う人が出てくる。そうですよ、神話です。だって掟なんだもん。掟のもっとも根本部分は神々に由来するものでなければならない。そんなの、当たり前でしょう。もし核心部分が理性で決められたものなら、それは掟ではない。理性には掟を決める力はない。神道だけでなく、仏教もキリスト教イスラム教も、この点は認めている。

 もっとも、この掟を認めるなら、その上で社会契約論的に、国民が理性でもって話し合って法律を作り国を運営しても、一向にかまわない。しかし、この掟を否認して、もっとも根本的な部分をも社会契約論でもって決めようというのは、掟破りだ。終戦のときに問題になったのは、まさにこのことだ。この掟さえ守れるなら、それ以外はどのようになっても、さしあたってはかまわない。

 大日本帝国憲法は確実に掟の延長線上にあったが、日本国憲法に移行するときに掟が保たれたのか保たれなかったのは、微妙な問題だ。しかし、現在の日本社会に掟が保たれていないのは確かだし、その口実に当用憲法が使われているのも確かだ。解釈によっては、当用憲法のままでも掟を保てないことはないと思うが、そこまでして当用憲法にこだわることもないだろう。私は憲法改正論者だが、それは第9条のためではない。むしろ、日本国憲法の三大原則、すなわち国民主権・人権思想・平和主義、のすべてに反対している。極端な少数派だと思うが、それはみんなが掟を忘れたからだ。

 天照大神の神勅は、『十七条憲法』においては、次のように表現されている。

 第3条。詔が出されれば必ず謹んでいただくように。天皇はすなわち天であり、臣民はすなわち地である。天は地を覆い、地は天を載せていて、その相互作用で春夏秋冬の季節がめぐり、天地の気が通いあうものだ。地が天を覆おうとするなら、秩序が破壊されてしまうことになる。そうであるから、天皇がおっしゃるなら臣民はうけたまわり、上が行なえば下は従うべきだ。ゆえに、詔が出されれば必ず謹んでいただくようにというのである。そうでなければかならず社会はおのずと破壊されてしまうであろう。

 こういう条文を読むと、天皇は独裁君主のように見えるかもしれないが、実際にはそうではない。大日本帝国憲法に次のような条文がある。

 第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
 2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ

 つまり、国会が開かれていないときに緊急事態が起これば天皇が勅令を出すことができるが、その勅令は次の国会で承認されなければ失効する。ということは、国会は「承詔必謹」ではないわけで、「陛下、これはダメですよ」と言うことができるということだ。

 明治以後の国家経営で「承詔必謹」が問題になったのは2回だけで、二・二六事件の時と終戦の時だ。いずれも政府機能が麻痺状態に陥っていた。政府機能が麻痺してしまったときに、最後に頼れるのが陛下のご決断だということだ。つまり、天皇は、究極のセキュリティ・システムなのだ。平時には、民主主義でわいわいやっていていい。西村慎吾氏から共産党までいて、みんなで言いたい放題を言っているのがいい。問題は緊急時だ。それでも政府が機能しているなら、天皇の出番はない。たとえば日米開戦に関しては、天皇は賛成ではなかったが、政府が開戦に決めたら、天皇はそれに従われたし、たとえ従わないと言われても、法的に政府の決定に反対する権限はなかった。だから、政府が機能している限り「承詔必謹」は問題にならない。ただ、政府が動けなくなったときにのみ、大酋長は決断をくだす。それが掟だ。

 長い話になるかもしれないので、続きは明日以後に。

嵐の合間

 中国の習近平国家主席は日本を訪れる計画をしていたが、どうやらあきらめる(すくなくとも先延ばしする)ことにしたようだ。もしほんとうなら、きわめて望ましいことだ。近隣に居住している「害獣」が、日本に来る計画を立てていたのが、どういう理由であれ来なくなったわけだ。これは「国民を挙げて」喜ぶべきできごとであると私は思う。

 だいたい、習氏がなぜ日本を訪問する気になったのか、もうひとつ気が知れない。そりゃあ共産主義者らしい深い思いはあるんでしょうが、それはどんなにていねいに聞かせてもらっても納得できるものではないだろう。どんな思いであれ、諦める気になったのは望ましいことだ。できればこのままずっと「諦めたまま」になっているのが望ましいが、まあそこまで私の思うとおりにはならないのではないかと思う。残念。

 安倍総理大臣は日本国を統治する上で比較的「純正な」思いをもっておられるように思ってきたが、最近の動きを見ると(特に習主席まわりのことを考えると)そうでもないような気がする。中国の利害を中心にして日本の利害を後回しにする傾向がある。これは、日本とアメリカとの関係が良く、中国とアメリカとの関係が悪いために、余計にそう見えるのかもしれない。

 ま、いずれにせよ、しばらくは休憩できる。休憩している間に、次の動きを話し合おう。

休講

 安倍総理大臣はいきなり声明を発表して、学校を休校することにした。日本中の親は大パニックじゃないかな。なにはともあれ3月一杯は学校はお休みみたいだ。まいったね。まあ、私がまいることもないんだけどね。

 老人が亡くなるのも気の毒なことだが、子供がなくなるともっともっと気の毒だ。だから子供保護を第一にあげるのももっともなことではあるが、じゃあ平静でおれるかというと、そうもできない。いったいどうすればいいんだろうね。